Fact or Fiction

エアプレイの魔術師びーるーむがお送りする妄想劇場

【ネタ】小話・ポケモン

10年以上昔に書いた黒歴史を発掘した。

 

プロローグ

 

 とある街の片隅にある小さな研究所……
 日も遠に沈み、ホーホー達の鳴き声も響き渡る夜遅く。

「この子を君に託す」

 紫色のボールが少女に手渡される。
 十歳にも満たない少女は、ボールの中に入っている"ポケモン"に気付き
 無邪気な笑みを見せて喜ぶ。

「不思議な声が聞こえる……」

 受け取ったボールを両手で大事そうに抱えて少女は呟く。

「やはり、そうか」

 ボールを渡した男は瞳を閉じて小さく頷く。

「ほう」

 その様子を見て、別の若い男が口元で笑みを浮かべる。
 睨みつけるような、男の視線に少し怯えた感じの少女。
 男は咄嗟にボールを一つ取り出し、その少女に軽く投げる。

「持っておけ」

 二つ目のボールを必死に捕まえて二つのボールを腕で抱え込む。
 すると男は振り返って、その部屋を静かに出て行ってしまう。

「お父さん……」

 紫色のボールを渡した男は、机の上で鳴り響く通信機を手に取る。
 十数秒、静かに話を聞いた後に「わかった」と応答し通信を切る。

「事態は深刻だ。
 君には、しばらくの間マサラタウンにある研究所で暮らしてもらうことになる」

 何も分からないと言った感じの少女は、
 首を傾げながら話を聞いて、小さく一度頷くだけであった。

「リオルいるか? 君もこの娘に付いて行きなさい」

 すると物影から一匹のポケモンが姿を現す。
 そのポケモンは少女に寄り添い小さく頷いた。
 少女に懐いているようで、リオルの頭を撫でて笑みを見せる。

「さぁ、行こう」
「はい」

 小さな歩幅で
 大きな一歩が踏み出される。

 

――― 数年後
 
 
 ここはトキワシティ郊外、数年前から大きく活性化し始めたこの街には
 ポケモンに関係する従事者を育成する為の大きな学校が存在する。
 トレーナー、研究者、コーディネーター等、様々なエキスパートになる事を目標にしている。
 広大なトキワの森の一部を切り崩し建設されたこの学校は、今やトキワシティの名物である。。

「行きなさいっ!! ガーディ」
「頑張ってね、ミニリュウ

 校内の至る所には、様々な地形を模した対戦用のバトルフィールドが設置されている。
 もちろん、ポケモンバトルも授業の一環である!
 
「ガーディ! 体当たり!!」

 こちらの"炎タイプ"ガーディを使う強気な目元が特徴的なロングの赤髪の女の子。
 腕を組み颯爽と構えは不敵な笑みを見せる。勝利の確信に近いものを感じさせる。
 
「あぁ、ミニリュウ……」

 ガーディの勢いある攻撃を受け、後方に弾き飛ばされるミニリュウを両手で受け止める紫髪の少女。
 彼女の名は"シズク"
 理由有りでこの学校に通っている。特に志す目的も理想も持ってはいない。
 悪い表現ならば"落ちこぼれ"という言葉が似合う生徒である。

ミニリュウ、ダウン!! シズクさん次のポケモンを」

 審判を務める女性教員が、手持ちのボードに何か記載を行いながら声をかける。
 その言葉に対し困った表情を浮かべ、腰にかかる上着を少し捲り上げベルトを見せる。

「私、ポケモン3匹しか居ないので……もぅ負けでいいです」

 本日の授業は4対4という設定で行われていた。
 教員は小さく頷いて了承すると、静かに試合終了の合図を行う。
 しかし、対戦相手の女の子は何処か不服そうな顔をしている。
 シズクはミニリュウをボールに戻すと、すぐにバトルフィールドがある教室を後にする。

(お疲れ様、ミニリュウ

 廊下に出て水道の前、蛇口を一気にひねって溢れ出る水で顔を洗い流す。
 後を追うように先程の女の子が、教室を飛び出しシズクの元へと駆け寄ってくる。

「ちょっと……あなたッ!」
「?」

 タオルで顔を拭きながら頭をあげるシズク、急に大きな声で呼ばれた事に
 驚いた表情を見せる。視線の先には怒った顔をしている女の子。

「ルリカ……さん?」
「先程の試合、私を舐めてますの? 技の指示も出さずにボーッとして?」
「私だって、アンタじゃありません。シズクです」

 興味のなさそうな冷めた視線に、答えになっていない返事。
 そう言ってタオルを畳んで手にかけると、すぐにルリカに背を向けてその場を去ってしまう。
 気に入らないという感じの表情を見せるルリカであったが「フンッ」と振り返って元の部屋へと戻って行く。

続く…

模擬戦の授業は、自分の番が終わったら基本的には授業が終わるまでは休憩。
 一応、教室内にいるのが原則だがそれを守っている生徒は少ない。先生もいちいち取り締まってはいられない。
 シズクは廊下を進み、階段を上る。透き通った青空が見える誰も居ない屋上、シズクの安息の場所。
 隅の方まで歩いて柵に手を掛ける。

「はぁ~」

 しゃがみ込んで深い溜息を吐く。
 屋上からの景色、トキワの森で虫取りをしている数名の生徒達が見える。

(昆虫科? お気楽ね)

 溜息の後に座り込む。腰からボールを一つ手に取って、ジーッと眺める。

「痛かったねぇ……さっきの体当たり」

 ボールを左右に小さく振って少し寂しそうな顔で話かける。
 体育座りをして俯いて黙る。
 そこに一匹のピカチュウが寄って来て俯くシズクの隣にチョコンと座った。
 俯いたまま少し頭を傾けて、そのピカチュウを確認する。

ピカチュウ?)

 すると後ろから足音が聞こえてきた。

「おいおい、先に行くなよピカチュウ……ん? 誰か泣いてるのか?」

 気の抜けた緩い声、隣にいたピカチュウはすぐにその男の元へと走って行く。
 ゆっくりと近づく足音、どうやら男はシズクに向かって歩いてきているようだ。

「どうしたんだ? ここは一人で泣くような場所じゃねーよ」

 先程のシズクと同じように柵越しに外を見ながら男が喋りかける。

「泣いてません」

 その言葉にグッと頭を上げるシズク。

「おやおや、確かさっきルリカ嬢に完敗を規したシズクさんだったかな?」
「……誰?」

 すると男はシズクの横に腰掛ける。同時に、ピカチュウがその男の頭に乗っかる。

「同じクラスになって半年だというのに覚えて欲しいね。俺は、ジルだよ。専攻は雷の予定」

 頭に乗っているピカチュウを指差して笑顔で話す。シズクと同じクラスの生徒のようだ。
 この学校では2年生になると、属性別の専門授業があるようだ。
 ジルは、態勢を変え柵に背を向ける。

「だったら昆虫科の見学? あんまり虫カゴは似合いそうにないけど?」
 
 先ほど下に見えるトキワの森を確認したのか親指で森を指して笑顔を見せる。
 親しく話そうとするジルに対して、シズクは無言で立ち上がりボールを腰に収める。
 そのまま振り返って、屋上の入り口に向かって静かに歩きだす。
 それに気付いたジルは一瞬、見下すような鋭い視線を見せシズクの背を睨みつけた!

「クールぶってるくせに、落ちこぼれなのか?」

 その棘のある言葉が霧消に頭に来たシズクは眉にしわを寄せ振り返る。
 すでにジルは膝を付き自分のピカチュウの頭を撫でていた。先程の圧力は感じられない。

「だって、そうだろ? ルリカの攻撃は体当たりから"かえんほうしゃ"への連携にあった。
あの体当たりは囮みたいなもの、それは彼女も分かっていた。それなのに、その体当たりが直撃」

 呆れたような小さな溜息をついた後にピカチュウを肩の上に乗せて立ち上がりシズクに近づいて来る。
 対峙、向かい合って分かるジルの圧力。緩い感じの声とは真逆の存在感。
 シズクの視線はジルの肩ぐらいの高さ、ちょうどそこに乗るピカチュウが無邪気にシズクの頭を触る。

「このトレーナーズベルト……そうなってるんだね」

 ピカチュウに気を取られている間にジルはシズクの上着を軽く捲っていた。
 シズクのパンツに巻かれているベルトを見て呟く。

「ちょっと……! 何をッ」

 バン! とジルの胸を押して間を取る。ふらふらになった落ちそうになるピカチュウが慌ただしい。

ポケモンを3匹しか持っていないんじゃなくて、そのベルトには3ヵ所しかボールをつける所が無かった。
 通常、商品化されているトレーナーズベルトは最低でも6ヵ所の設置場所が存在している。おかしいと思ったんだ」

 軽くベルトを指差して不敵な笑みを見せる。

「見たのッ?!」

 睨みつける嫌悪な表情。フッと小さく笑って見せるジル。

「誰にでも隠し事ってあるもんだよ」

 そう小さな声で呟くとシズクの横を通り抜け、屋上の出口へと向かって歩き出す。


続く……

「待ちなさいよ」

 屋上を去ろうとするジルを呼びとめる。その力の籠った声にジルの耳がピクッと動く。
 フッと小さな息をこぼして「やれやれ」という表情で振り返る。

「どうしたんだい? 秘密を知られたからには俺を生かしておく訳にはいかないって?」

 逆に挑発的な笑みを見せつける!
 右肩に乗ったピカチュウの頭を撫でながら強気な視線で睨みつける。

「授業以外でのポケモンバトルは、教室バトルリング内で教員1名以上を引率しての場合のみだよ」
「私は、何も言ってないわよ?」

 言葉でそう言っても明らかに喧嘩を売っているような微笑。
 ベルトから1つのモンスターボールを手に取り、手元で強く握る。

「なるほど、お戯れという訳か」

 鼻で笑った後に首を軽くひねって合図を出す。それをきっかけに肩に乗っているピカチュウが手前に飛び出した。

「ピカピッ!」

 可愛らしい鳴き声と共にシャドーボクシングをするように手で数回ワンツーをして構える。

「見ての通り、俺の手持ちはピカチュウ。 君が、ポケモンを出したら開始。1オン1で軽く遊ぼうか……!」

 ポケモンを出したら開始。ポケモンの入れ替え全般に言える事であるが
 通常ポケモンはボールから出た後にオーナーの指示を聞いて行動に入る。
 数秒、わずか数秒であるがすでに場に出ているポケモンと新たに出ているポケモンではタイムラグが生じる。

(俺のは、素早い雷タイプのピカチュウ。一手目は"でんこうせっか"で行かせてもらうぜ)

 シズクがポケモンを出すのを腕を組んで待っている。頭の中で計画を立てるジル。
 するとシズクは、静かに瞳を閉じて祈るように手に持ってボールを額に近づける。

「ん……? 確か、さっきの模擬戦でもポケモンを出す前にやっていたね。祈ってもバトルは運任せじゃないぜ?」
「行くよ。ミニリュウ

 ジルに聞こえないほどの声で言葉を漏らす。それと共に瞳を大きく開く。
 手元を離れ宙を舞うモンスターボール、2~3回ゆるりと回って地に着く!
 開口時の独特な光がボールから溢れ出しポケモンの形を形成して行く!!

ミニリュウ VS ピカチュウ

ピカチュウ!! 先手必勝だ!"でんこうせっか"!」

 四足で素早く駆け出し、まだ光に包まれている状態のミニリュウの目の前まで一気に間合いを詰める!
 その勢いのまま体全部を使って体当たりを仕掛け突っ込んだ!

「雷ポケモンの"足(素早さ)"舐めてもらっちゃ困るぜ」

 攻撃は命中した! そう確信したジルが親指をパチン! と鳴らして意気がった言葉を飛ばす。
 次の指示を出そうとした時の事だった……。

「ピカ~」

 何かに弾かれたように"でんこうせっか"から"たいあたり"を仕掛けたピカチュウが後ろに跳ね返る。
 宙を舞って着地に失敗、あお向けに倒れこむ。

「なっ……あのボールは、確かミニリュウのはず」

 弾け飛んだピカチュウを見て驚きを隠せない様子。焦った素振りで視線をピカチュウからミニリュウに移す。

「!!」

 ジルはその姿に目を疑った。ボールから出てシズクは一言も発していない。
 しかし、そのミニリュウピカチュウの攻撃を読んでいたかのように"まるくなる"による防御態勢を取っていたのだ。

「まるくなる……だと?」
ピカチュウ、まだ行けるか? ミニリュウは足の速いポケモンじゃない、不意打ちさえ喰らわなければ!」

 視線をピカチュウに戻す。ピカチュウはジルの掛声に答えて素早く立ち上がり「ピカピッ」とファイティングポーズをとる。
 それを見て少し安心するジル、しかしピカチュウは不思議そうな顔をしてキョロキョロと周りを見回している。

「どうした?」
「……高速移動」

 シズクが呟いた。ジルも気付く、視界からミニリュウの姿が消えている事に!

ミニリュウは、もともとはそんなに素早いポケモンじゃないわ。 でも、こういう技もあるの!」
「くっ……」

 身構えるピカチュウの前に突如、ミニリュウが姿を現した。
 咄嗟の出来事に少し驚いた感じで一歩後ろに退くピカチュウ

(……くっ、間合いを詰められた。次の技は何だ?)

 焦った様子のジルがシズクの方を見る。しかし、シズクは胸の前で腕を組んだまま一言もしゃべらない。
 そちらに気を取られている隙にミニリュウが次の行動を行っていた。
 ピカチュウの目の前で、その長いしっぽを撹乱するように振りだしたのだ。
 それにつられて左右に振られるしっぽをついつい目で追ってしまうピカチュウ

「これは、"しっぽをふる"!? つられるなピカチュウ! 隙が出来るぞっ!」

バシッ!!!

 ジルの声が届く前にミニリュウのしっぽがピカチュウの頬を勢いよく弾いた。
 眠気も覚めるような一撃によりピカチュウは横に流れるように吹き飛ばされる。

「"たたきつける" は、今ミニリュウが出来る一番強い技。これを受けて立たれると困るわ」
「ちっ……」

 ジルは素早くピカチュウの元に駆け寄りピカチュウを抱き上げる。
 ポケットの中から"きずぐすり"を取り出し頬に当て応急処置と言ったところである。

「ふっ、俺の負けだぜ」

 抱きかかえたピカチュウをボールに戻しジルが少し悔しそうに言う。

続く……

「何故だ? お前が口に出して指示したのは"高速移動"だけだった」

 先程のバトル、ジルの言う通りシズクは技の指示を一つしか行っていない。
 しかし、ミニリュウはテンポ良く行動しピカチュウの隙をついて大打撃を与えた。
 その事が不思議で仕方が無いジル。

「落ちこぼれの私に戦術を聞くの?」

 少し嘲笑うかのような強気で不敵な笑み。
 これが"本当の実力!" といわんばかりのコンビネーションに思わず目を大きく開くジル。

「悪かったよ。その事は謝ろう」

 軽く両手を挙げて謝罪、それに対して笑顔を見せるシズク。
 一歩、二歩とシズクに近づくジル。

「それで、謝ったら教えてくれるの?」

 少し恥ずかしそうに指で自分の右頬を触って喋る。
 するとシズクは少し悩むような困った顔を見せ振り返り背を向ける。
 一歩、二歩と歩き再び柵の方まで歩いて遠ざかる。

「信じなくても良いんだけど……」
「?」

 ジルに背を向けたまま青空を見上げて喋り出す。
 葉が擦れるようなか細い声。少し張りつめた感じで続く。

「私、ポケモンの声(想い)が聞こえるの」
「……」

 予期せぬ解答、さしずめジルはボールから出る度、一連の技を繰り出すように最初から指示してあるものだと予想していた。
 その答えに唖然とした感じの表情を見せる。
 普通なら「それは気のせいだよ」とか「勘違いじゃないだろうか?」「思いこみだよ」等、否定する言葉が出てくるだろう。
 しかし、ジルは違った。

「そうか、凄いな」

 この事を口にした何処か寂しげなシズクの表情、ミニリュウを出す前に見せた祈るような行動。
 そして、ジルの人柄。その全てを総合した結果、ジルは何一つ疑う事なくそれを信じる。

「良いのかい? 簡単に話すには、結構重大な事だと思うけど?」
「いいよ。あまり信じてくれる人いないし」

 それだけでは無かった。シズクは先程の「誰にでも隠し事ってあるもんだよ」というジルの一言。
 つまりそれは、ジルにも何か隠し事があり。あまり、それを詮索しないという性格と予想してのことだった。

「いや、まいったね。"落ちこぼれちゃん"にそんな能力があったとわ」

 ははっと笑いながら一歩づつシズクに向かって歩き出す。
 先程座っていた柵の方にまで再び歩く。

「また言った!!」

 頬をプクッと膨らませて頭だけ振り返るシズク。
 それを見て「プッ」と吹きながらも歩を進めシズクの横に立つ。

「悪い悪い。そんな顔も出来るじゃないか」

 一戦交え、話を聞いて一気に交友関係が良好になる二人。
 ジルは先程と同じようにそこに腰かけ、ピカチュウの入ったボールを取り出した。

「なぁ、俺のピカチュウは何て言ってる?」

 試すように手に取ったボールをシズクに向けて伸ばす。
 それに気付いたシズクはボールを受け取って、ジルの隣に腰掛ける。
 先ほど対戦前に見せたように瞳を閉じてボールを両手で包むようにして持つ。

「今度は負けないって、嫌われちゃったかな?」

 少しムッとしてボールを投げ返す。手を伸ばせば届く距離なのに投げられて一瞬驚き慌ててキャッチするジル。

「じゃあ、あの"高速移動"は? 何であれだけ指示を出したんだ?」
「ぇ、あれはピカチュウが思いのほか後ろに弾いちゃったから……かな?」
「ふーん、なるほどね。 さっきみたいにボールかポケモンに直接触れてみないと分からない訳だ」

 人差し指を立てて少し得意気に語るジル。
 指摘されて少し恥ずかしそうに「うん」と頷く。シズク的には"この話"を真面目に聞いてくれる人がいて嬉しいという感じである。

「ぁ、でも。分かる子もいるの……離れていても」
「?」

 するとシズクはベルトからミニリュウのとは異なるモンスターボールを一つ取り出して手の上に乗せる。

「この子は"リオル" 昔からずっと一緒にいるんだけど。この子の声は何処にいても聞こえるんだ」
「"波動ポケモン"か……。なるほど、そいつなら分からない事も無いな」

 右手を顎に添えて考えるような素振りを見せるジル。
 リオルは、人間の言葉を理解できるポケモンとしても有名であり、その波動も解明されている。

「……」

 ボールに入ったリオルを手に固まるシズク。
 
「どうした?」

 ジルの声に我に変えるシズク、少し焦った感じで頬を赤くしつつボールを片手に持つ。

「リオルがね。私のこと"楽しそう"だって」
「俺もそう思うよ」

 クスっと小さく笑った後にジルがそう付け加える。
 そして、立ち上がり首を左右にゴキゴキと傾け伸びをする。

「そろそろ戻らないといけない時間だ」

 腕に巻いた時計を確認するジル、そろそろ模擬戦の授業が終わる頃である。
 シズクも小さく頷いて立ち上がる。ジルは、再びピカチュウの入ったボールを取り出し地面に落とす。

「ピカーッ」

 先程の戦闘から少しボールの中で癒えたのか元気なピカチュウが飛び出した。
 シズクの方を向いて少し強気な目つきになりシュッシュッと手でワンツーのポーズを取った後にジルの肩に飛び乗る。

「こいつが近くにいないと不安でね。俺は先に行くよ、また今度……その"ベルト"の話とか聞かせてよ」

 ニッと笑みを見せてジルは先に屋上から立ち去って行った。
 誰一人いない屋上にただ一人のシズク、立ち去るジルをただ静かに見ていた。

(……惚れたな)
「ウルサイッ!!! リオルッ!」

 開閉スイッチを押さずにボールを地面に叩きつける!


続く……

「今回の模擬戦、みなさんの成長が著しく伺えます」

 20名ほどの生徒が先程のバトルリングのある教室の隅に集まり先生の話を聞いてる。
 整列しているというよりは、まばらな感じで先生の周りに集まっている感じである。
 授業のデータを記したであろう電子ボードを手に今回の授業のデータを見直す先生。

「1年生の間は、試合結果はあまり成績には反映されないのですが」

 ボードの一つの項目を見て手を止める。
 小さく「ふぅ」とため息を吐いて少し辺りを見回して視線が止まる。

「シズクさん。 事前に4対4と連絡を入れてあったと思いますので、せめて頭数は揃えてくださいね」
「ぁ……はい。すみません」

 周りから多くの笑い声が聞こえる。
 勝敗は成績に含まれずとも、ルールを守るという事は大切な事だからであろう。
 それを告げ終わると手元のボードに表示された時間を見て授業終了の指示を出す。

「じゃあ、今日の模擬戦の授業はこれで終わります。みなさん傷ついたポケモンのケアを忘れないように」
『はい』

 一同の元気な返事と共に先生は一礼をして教室を出て行った。

「なるほどっ、このベルトはこうなっているのか」
「へっ?」

 知らぬ間にシズクの後ろでかがんでいるジル。
 背が少し見えるぐらい服を少しも繰り上げて例のトレーナーズベルトを後ろからチェックしている。
 
「ちょっと、またっ!?」
 
 すぐに両手で後ろの服の背びれを下げベルトを隠すようにする。
 そして、すぐに振り返ってジルを睨んだ。少し悪そうに両手を胸前で広げて馬を抑えるように「どうどう」と笑うジル。

「俺の名前も知らなかったんだ。どうせ、学年最初の自己紹介も覚えていないだろう?」
「……?」
「だよな。 俺は、トレーナーというより技術者向けなんだ。 だから、ポケモンに関するアイテムには少し目がなくてね」

 気前良く再び自己紹介をしてみせる。

「ふーん」

 思いのほか興味が無さそうなシズク。

「その"トレーナーズベルト"は、右前にボールの設置個所が3ヵ所。それは君がいつも使っている3匹だが……」

 そう言った後にこちらを向いているシズクの肩をがっしりと掴んでグルッとひっくり返し背を向ける。

「この左後ろの部分にもボールの設置個所が3ヵ所、これで合計6個。数的にはおかしくないけど設置場所が気になる」

 後ろを向かされベルトを晒されるシズク。他に誰も見ていないが、あまり良い気分ではない。
 そして、そのベルトの左後ろに設置されている3つのモンスターボール! つまり、シズクはポケモンを3匹しか持っていない訳ではない!

「秘密の3匹という訳か」

 意味深な表情を浮かべるジル、その間にクルッと手を振りほどいて再び正面を向くシズク。
 
「この後ろの3匹は"未報告"の隠し玉かな?」

 この学校では先生側が生徒の成長やポケモンの使い方などを把握する為に基本的に生徒側の所持ポケモンを把握している。
 先程の戦いで先生がシズクの「3匹しか持っていない」という発言を了承したのはシズクがポケモンを3匹しか登録していないからである。
 もちろん、この登録はあくまで学校側のバックアップを得るためのシステムで強制という訳でも義務がある訳でもない。

「ううん、この後ろのボール3は空なの!! 捕獲用のストック!」

 手をばたばたと前で振って、わざとらしく断りを入れるシズク。
 しかし、それがウソだとジルには一瞬で分かった。
 そのシズクの様子を見て真剣な顔になる。

「嘘をついちゃーいけない」
「へ?」
「一つは、普通のモンスターボール。そして、もう一つの青いのは、ハイパーボールだ……」

 シズクのベルトの後ろにつけられたボールを軽く指差し話を続ける。
 それと同時にシズクの表情も少しづつ引きずってくる。

「俺の記憶が正しければ、最後の一つの"紫色のモンスターボール" そいつは、確かタマムシの事業で開発され生産が見送られた品物。
 トレーナーとしての道徳性を否定するという理由から、俺達の時代には存在しないボール…"マスターボール" なんじゃないのかい?」

 その真剣な一言に少し身構えるシズク。

「まぁ、そのボールには興味あるけど。君が、それで何を捕まえたかなんてどーでもいいんだけどな!
 言っただろ? どちらかと言うと俺はアイテムに目が無い男なんだよ」

 ははっと軽く笑って重苦しい雰囲気を自ら振りほどくジルであった。
 それを聞いて少し胸を撫で下ろし小さく息を吐くシズク。

「どういうことですの?」
「ぇ!?」

 いつの間にかシズクの後ろにはルリカの姿があった。
 何処からかは分からないが、二人の会話を聞いていたようだ!
 腕を組んで少し怒っているような感じの表情を見せる。

「ルリカさん……!?」
「つまり、何ですの? ポケモンをちゃんと4匹持っているのに私との対戦では出さなかった! そういうことでうsの?」

 3匹しか居ないという理由で早く試合を終わらせたシズクが気に入らない感じであったルリカ。
 そのことに加え、さらに4匹目以降を持っていたという事を知りさらに御冠の様子である。

「あちゃー」
 
 ジルとピカチュウが一緒に"やっちゃった"と言わんばかりの反応を見せる。
 腕を組んでいたルリカはすぐにその手を解いてシズクのベルト後方のボールを素早く一つ奪い取る!

「ぁ!」
「ふーん、ここにいますの? この子を使っちゃ、私に勝ち目がないとでも仰りたいのかしら?」
(うぉ……よりによって"マスターボール" !!)

 手の上にで奪い取った紫色のボール、マスターボールをぽんぽんと軽く投げて強気な視線を見せるルリカ。
 それを見て少し歯を食いしばって困った感じの顔をした後に、すぐに表情が緩くなるシズク。

「何言ってるの? そのボールは、空よ」
「あら……?そうなの」

 シズクが見せた強気な態度にルリカは開閉スイッチのボタンを押してボールを手から落とす。
 ボールは手の平を滑り落ち1回2回とゆったりと回転して地に着いた!


続く……


手の平から滑り落ちた紫色のボール"マスターボール"!!
 強気な笑みを浮かべるシズクに対して、不敵な笑みを見せるルリカ!
 そして、そのボールの中味を気にしていたジル……緊張の一瞬。

「……!?」

 ボールは地に着くと共に独特の開口音を小さく響かせ開いた。
 中から開口時の光が溢れ出し、モンスターの型を形成して行く!

(そんな代物で捕らえた一匹……こいつは気になるぜ)
(……。4匹目のポケモン、この子を使わなかった理由は何ですの?)

 大きくゴクリと息を飲んで少し前のめりになるジル。
 ボールを離した後、腕を組み直し睨みつけるような感じでその様子を見るルリカ。
 そして、ついにその光が消える!

「え?」

 ルリカとジルの驚いた表情。
 現れたポケモンが以外だったのか、理解できなかったのか驚きに溢れた顔。
 そして、その様子を見て口元で小さな笑みを浮かべるシズク。

「どういうことですの?」
「だから、言ったじゃん」

 嫌悪する感じのルリカの少し大きめの声!
 呆れた感じで抜けた声で返すシズク。ルリカの方を見て小さな微笑を見せる。

「空だって」

 !!
 何と! 開いたボールからは、何のポケモンも現れなかったのである。
 ただ、ボールが開き……そして、何も現れなかった。ただ、それだけである。
 その様子を見てルリカは高々と声を上げて笑い声を上げる。

「ホホホッ、そうね。どうやら、本当に3匹しか持っていないみたいね」

 嘲笑うような笑みと共に地面に落ちたそのボールを拾い上げる。
 どうやら、本当に空だと知って少し喜んでいるようにも感じられる。
 その拾い上げたボールが"マスターボール"という品だという事には気付かない。
 この時代には、流通していない品だからだろう。

「お返ししますわ。このボール、ちゃんと頭数を揃えれるようにゲットしてきなさい」

 ポン! っと軽くボールをシズクに投げて上機嫌でその場を去って行く。
 シズクは手にしたボールをベルト後方に戻すと振り返ってジルの方を向く。

「ねっ? 言ったでしょ? 空だって」

 少し調子に乗った感じの笑みでジルを見る。

「あぁ、確かに……」

 肩に乗るピカチュウの頭を軽く撫でながら一度頷いて口にする。
 それを聞いてシズクも笑みを見せて頷いた。

「昨日の俺なら、信じただろうね」
「!?」

 ジルの疑うような不敵な笑み。
 その一瞬の圧力に負けてシズクも動揺した表情を見せてしまう。

「あの中には、何か入っていたよ。絶対に……」
「ぇ? 何言ってるの? 現に何も出てこなかったじゃん」
「確かに……ここにいる、俺とお前以外にはそう見えたはずだ」

 右手を顎に添えて何かを推理するかのように喋りだす。
 
「さっき、屋上で"リオル"とは離れていても言葉を交わす事が出来ると言っていたね?」
「えぇ」
「でも"はどうポケモン"だからか?と俺は考えたんだが、それは違う」
「何なの? バカみたいに真剣な顔しちゃって」

 腕を組んで挑発的な表情を見せつけるシズク。
 それに負けずとジルは考えるように唸って見せる。
 それを真似るように肩に乗るピカチュウも同じような推理ポーズを取って見せる。

「唯一、辻褄があうとすれば」
「何よ?」

 人差し指を軽く付き立て前に出すジル。

「ボールから離れていても声が届くのは、リオルの他に! ねんりき等が使えるエスパーポケモン!」
「……!」
「そして、ボール開口時に"こうそくいどう"ないしは"テレポート"の技を使うように指示をする」

 指をパチン!と鳴らせてシズクを指差す。

「これでどうだ?」

 名推理! と言わんばかりの自信満々の笑みをぶつけるジル!ピカチュウも何処か誇らしげである。
 それを聞いたシズクは一瞬驚いた顔を見せるが、ジルの勢いに驚いたという感じですぐに呆れ顔に戻る。

「はいはい、名推理名推理。 次の授業、始まっちゃうよ。移動移動」

 手をパンパンと叩いて軽く拍手をするようにしてあしらう。
 ジルを無視して教室の出口へと向かって行くのであった。

「おっ、おい!」

 慌てて追いかけるジル。ピカチュウも慌ただしく肩にへばりつく。
 違う教室に移動する間の廊下…、休憩時間も残りわずかとあって人影は少ない。
 1年生の間は全員同じ授業を受ける為、必然的にクラス全員同じ教室である。

「次は"ポケモン進化論"かぁ……あの先生苦手なんだよなぁ」
「おや? 悩み事かい? 何なら俺が相談相手に!」
 
 独り言を言っているつもりだったシズクの後ろから話かけるジル。
 すぐさま横に並んで気さくな感じを見せる。

「何? 馴れ馴れしいわね? 私に興味でもあるの?」

 冗談半分で少し突き放してみせる。

「そりゃ、あるだろー? ポケモンとお話が出来てあのボールまで持っている! 興味津々さ!」
「何か、馬鹿にされてるみたいだから…あんまり言わないで」

 とぼとぼと元気のない感じで歩いて、次の授業の教室に辿り着く。


続く……


「何で隣に座るのよ?」

 段差式の広い教室、連続する机が立ち並びその階段は6段から7段存在する。
 その教室の後ろの方に座ったシズク、そして隣に腰掛けるジル。
 授業毎に席が決まっている授業は存在せず基本的にどの席で受けるかは自由である。

「良いんだよ。何処でも」

 ジルはそう言って来る途中にロッカーから持ってきたノートパソコンを開いた。
 授業のノートを何で取るかも特に決められておらず自分のスタイルで受ける事が出来る。
 が、さすがにパソコンを持ち込んでいるのはジルだけで、シズクはノートとペンを机の上に置いた。

「随分とアナログ式だな」
「そっちがデジタル過ぎるんです」

 一見、仲良くなったように見えたがシズクは、あまり気が気じゃないという様子。
 今まで半年間、ほとんど一人で過ごしてきたシズクにとって少しありがた迷惑と言った感じだろうか?
 早速、肘を机につけて手の甲に頬を置く。

ウィーン

 そうこうしている間に、銀色のフレームの角の尖ったメガネをかけた女の先生が入ってくる。
 授業が始まり、黙々と教壇後ろのモニターに映像や画像が映しだされ先生が文献を読みあげていく。

「なるほどね」

 カタカタとパソコンに授業のノートを取りながら、ジルが呟く。
 
「zzZZ 」
 
 スースーと隣に座っていないと聞こえないほどの小さな寝息を立ててシズクは眠りについてた。
 手の甲に頬を添えたまま態勢は崩さずに安らかでいて尚、爆睡。

(やれやれ、女の子って基本真面目なイメージがあるけど固定概念は返上かな)

 起こす仕草も無く、そのままシズクを眠らせておく。

「次は、多くの進化が確認されている希少種のポケモン"イーブイ"についてですが」

 スライドが移り変わり"進化論"の授業はイーブイについての話に進む。

イーブイ……? まずいな」

 小さく言葉を漏らすジル。そう、先程の模擬戦の授業、シズクが使用した3匹のポケモン、それは
 "リオル" "ミニリュウ" そして、もう1匹は"イーブイ"なのである。
 少し困った感じの表情を見せて寝ているシズクの方を軽く見る。依然眠り続けるシズク。

「ふふっ」

 先生と寝ているシズクを交互に2,3回見た後…何か閃いたかのような微笑を見せる。
 
「おい、ピカチュウ

 囁くほどの小さな声、基本的に授業中に関係のないのポケモンを出す事は良い事では無いが
 ピカチュウがポツンとイスに座ると前から見ると机とイスとの間に入る為、先生からは見えないのだ。
 呼ばれたピカチュウはムクッと頭を上げてジルの顔を見る。

「……」

 音が鳴らない程度の指をかすらせて指示を出す。
 特に言葉は発していないがピカチュウも何かを理解してように不敵な笑みを見せた。
 チョコチョコと連なるイスをシズクの方に移動する。

(いけっ!)

 するとピカチュウは手をシズクの体に触れさせ、こっそりとわずかな電気を流す。

「ひっ!?」

 少し大きめの物音を立てて起き上がる。辺りの生徒が一瞬静まり返りシズクの方を見る。
 シズクは訳がわからない感じで頭を左右に振る。

「おい、当てられてるぞ!」

 わざとらしく手を添えてジルが面白そうなものを見るような笑みを見せて添える。

「はっ、はいっ!」

 何が何か分からないままジルの言うことを真に受けて立ち上がるシズク!
 辺りは沈黙……その様子に先生も逆に驚いた顔を見せている。

「クククッ」

 一番に聞こえた声を出るのを堪えるような笑声。その声の主は当然のことながらジル。
 お腹を抱えて片手で口元を抑えている。
 
「ぇ?」

 未だに状況が理解できていないシズクが唖然とした表情を見せる。
 もちろん、シズクは先生に当てられていないし別に問題のようなものも出されてはいない。
 ただただ、突っ立っているだけなのであった。それと同時に回りの生徒も笑い始める。
 前の方に座っているルリカがクスッと小さく手を添えて笑ったのがシズクには見えた。

「オホン、静かに! 怖い夢でも見られましたか? シズクさん」

 生徒を黙らせて少し嫌な感じで言葉を飛ばす。シズクが寝ているのには気付いていたようである。
 続いて、教卓に置いてあった方手サイズの電子ボードを手に持ち操作を行う。

「あら、丁度いいですね。シズクさんは"イーブイ"をお持ちのようですね」

 生徒の手持ち等の情報を記したページがあるようで、そこを見たのだろうシズクを見ながら発する。
 立ったままのシズクが、静かに一度頷いた。

「"イーブイ" は様々なポケモンへ進化する可能性があり。皆さんが2年生になった時には自分にあったポケモンに進化させる事が出来ます」

 一旦、話を生徒全員にした後に再びシズクの方を見る。

「でわ、そんなイーブイをお持ちのシズクさん。"月光ポケモン ブラッキー"への進化条件はご存じですか?」

 もちろん。勉強不足のシズクがご存じな訳が無い。
 カチカチに固まって困っている所にジルが横から小さな声で呟いた。

「"月の石"だよ」
「月の石!!」

 それを聞いたシズクが素早く少し大きめの声で元気に発する!

「違います。お座りください」

 一瞬で撃沈され、また少し笑いが起きる。
 座ったシズクがムスッとしてジルの方を見るとジルは机をバンバンと叩きながら笑いこけていた。

「ムカツク……」

 
続く……


「放課後、フリーバトルでもいたしませんか?」

 唐突だった。授業を終え皆に笑われ少しムスッとして片付けるシズクの前にルリカが立った。
 上品に右手で口元を少し抑えて、笑いを堪えている感じがしないでもない。

「フリーバトル?」

 この学校は授業時間外であれば、そのバトルリングは生徒トレーナー同士の交流の場として開放されている。
 教室設備のバトルリングには安全確認用の監視カメラが備え付けられている為、教員の同伴は必要では無い。
 互いを高め合う、自由な戦い。まさにフリーバトルなのである。

「いいんじゃないか? どうせ、いつも真っ直ぐ帰っているだけじゃないか」

 シズクより乗り気なジルが頷いて答える。それに流されるようにシズクも小さく息を吐いて頷いた。

「もし、宜しければ……シズクさんのイーブイを私に譲ってくれないかと」

 強気かつ大胆不敵な物言い!
 賭けろ! そう言っている訳では無い。だが流れがそう言っているような気がする。

「ダメだよ。イーブイは……」
 
 困った感じの表情で両手を前に出してあたふたするシズク。
 その様子を見て腕を組みさらに強気な視線で睨むようにして口を開く。

「そんな、イーブイの活用法、いえ進化方法も知らない人が持っているなんて勿体ないですわ!!」

 大きめの声、すでに他の生徒の多くは退室しているが
 残っている生徒達には聞こえたであろうその言葉。一瞬、教室中が凍りつく!

「おいルリカ! そんな言い方は無いだろう」
「そうかしら?」

 ジルの言葉に不服そうな態度を見せる。
 
「まぁ、良いですわ。この話は置いといて、フリーバトルの方は受けてくれますの?」
「……ぁ、はい」

 別にイーブイの件とは別にフリーバトルの話はあるようで
 少し重い感じの空気が解ければと思いシズクは小さく頷いて承諾する。

「じゃあ、私は先に行っておりますわ。バトルリング104号室でお待ちしておりますわ」

 クスっと小さく笑った後にルリカは教室を静かに出て行った。
 この話が教室中に伝わったのか、この一試合を見に行こう等他の残っていた生徒がざわつきだす。

「さっきの模擬戦で、あんだけ圧勝しておいて……なんでまた挑むんだ?」

 不思議そうな顔をするジル。二人は、ルリカが指名した教室へと向かう。
 バトルリング104号室、体育館ほどの大きさの教室にテニスコートぐらいの大きさのリングが4つ設置されている。
 放課後という事もあってか、人はそれほど多くは無い。
 他にフリーバトルを行っている人を除いて見学やお喋りをしている人で十数人ほどである。

「来たわねっ!」

 ルリカであった。
 誰も居ないバトルリングに一人、向う側に腕を組んで立っている。

「はい……」

 少しそれに気圧される感じで小さく返事をして前に歩を進めるシズク。
 その雰囲気を察してか、他のところに座っていた生徒達も自然とそのリングを囲むように集まってくる。

「ルールは2対2の入れ替え方式、ダウンはセルフジャッジで行きましょう」

 モンスターボールを一つ手の上で軽くはずませてルールを説明する。
 ポケモン2匹による入れ替え方式、ダウンの判定は各自が行うというものである。

「……」
 
 シズクは小さく頷いてそれを了承する。

「それと……」
「?」

 不敵な感じの瞳、睨むような視線の後に口を開く。

「さっきの模擬戦みたいに、"わざと" 負けるのは無しよ」
「……」

 ルリカの言葉にシズクは小さく頷いた。ルリカがあの模擬戦で起こっていた理由。
 あまりに手応えが無かったからでは無い、その戦いが不自然だと気付いていたからなのだ!

(わざと……、確かに俺も一戦交えたが"あの能力"があってそこまで圧倒的に負けるはずがない)

 シズク側のコートの後ろに立つジルがその言葉を聞いて考えるように右手を口許に添えた。
 
(だが、シズクの"あの能力"は相手の出方が分かっている時の"後出し"専用みたいなものだ。
 あの試合は俺がピカチュウで行く事を先に宣言していたから出来たようなもの……今度はどうする?)

「ジルッ! 合図なさい!」
「ん……あぁ、分かった」

 ジルが一歩前に出て、ルールの確認と試合開始の合図を出す!
 一期生の中では優秀で有名なルリカの試合に自然とギャラリーが増えて行く!

「行きなさいっ! ロコンッ!!」
「お願いね、イーブイッ!」

 威勢のいい掛け声と共に二つのボールが投げ込まれる!
 2匹は同時にバトルリングに飛び出し相手を確認する。

イーブイ……、確か模擬戦の時も1匹目はイーブイだったな)

 イーブイの登場に瞳を凝らすルリカとジル

イーブイ!! 進化の方法もろくに知らないあなたには本当に勿体ないポケモンですわっ」
「"これも"あまり言いたくない事だけど」

 辺りのギャラリーを少し気遣いながらシズクが口を開く。

(…これも? まだ何か特別な事情があるのか)

 シズクに興味深々のジル。

「私のイーブイは特別なのよ!」
「フン! 特別というなら、その強さ見せてもらいましょう!! ロコンッ! でんこうせっか!」
「コンッ」

 勢い良くイーブイめがけて、ロコンは走り出す!

 


続く…


「ロコンッ!! でんこうせっか!」
「コンッ!」

 突如始まったフリーバトル、先制攻撃を仕掛けんとばかりに飛び出すロコン!

「速いッ?」

 その唐突な攻撃にイーブイ、いやシズク自身が反応しきれていない。
 一気に駆け出し間合いを詰めたその攻撃はイーブイにヒットする!

「大丈夫? イーブイ?」

 攻撃の命中で態勢を崩したイーブイは素早く立て直し小さく頷いた。

「あら、さっきのミニリュウとは違って一発ではダウンしませんのね」

 クスッと口元に手を添えて嫌味な感じで笑って見せる。

「ロコン、次は"鬼火" 相手の攻撃力を削ぎに行きますわ」

 右手をサッと前に出して支持をする。それを聞きとったのか耳をピクッと動かせて行動に入る。
 ロコンは少し間を置いて口から不気味に黒光りするあやしい火の玉のようなものを無数吐き出した。

「……"鬼火"は相手をやけどさせる技、イーブイッ! かげぶんしん!」

 イーブイは素早く左右前後に軽いフットワークで移動し、残像を残す。
 3~4個の火の玉を用意したロコンも攻撃対象が定まらず左右を見回している。

「逃がしませんわ! ロコン! "炎の渦" その中に"鬼火"を加えて打ち出すのよ!」

 指示を受けたロコンはイーブイから一歩下がって間を取り大きく息を吸い込んだ後に
 頭を左右に振りながら、口から炎を吐きだし"かげぶんしん"によって発生した残像を包み込む。
 そして、それと同時に"鬼火"で作りだした火の玉をその渦の中に組み込んだ!

(鬼火によるやけどと、炎の渦による行動宣言のコンボか……まだ鬼火が命中していないとはいえ時間の問題か)

 炎に包まれたイーブイを見てジルが頭の中で戦況をまとめあげる。
 炎の渦を受けてイーブイは、かげぶんしんを解き逃げ場のない炎の壁に回りを見回して焦っている様子である。

(炎の渦に包まれるとボールを投げ込む事は不可能、こんなに早く1匹を失うと断然不利だ。どうするシズク?)

 無理矢理、この炎の渦を突破したとしても鬼火を含むその炎、やけどを受ける事は確実である。
 少しの時間が経ち、じょじょにその炎はイーブイに迫って渦の範囲が狭くなってきているようにも感じられる。

「さぁ、どうしますのシズクさん? ダウンはセルフジャッジですわ、あなたがもうイーブイが戦闘不能だと思えば手は退きますのよ?」

 相手を炎の中に閉じ込めたことで、ルリカの余裕な言葉使い。
 
「そろそろ、ロコンの炎も持ちませんわ! 決めさせてもらいますわ」

 反応を見せないシズクに少し怒りを感じたのか、再びロコンに指示を出す。
 ロコンは再度口から炎を吐きだし、一気にその炎の渦をイーブイに近づけた!!

「結局、何が特別なのかも分からず仕舞ですわね」

 やがて、360度イーブイを囲んだ炎は覆い被るようにドーム状にイーブイを包み込んだ。
 それを見て、その試合を見ているギャラリーの全員がロコンの圧倒的な勝利を確信したであろう。
 
……
 シズクはただ俯いて立ち尽くしているだけであった。

イーブイ、Type-Water……」

 かすかに呟いた葉の擦れるような小さな声。
 その声は、ジルの耳にのみ届いた……。

(ウォーター……? まさかっ?)

 一瞬、その声が聞こえて目がシズクの方に行っていたジルは素早くバトルリングに視線を移す。

「何ですの? これは……?」

 鎮火
 イーブイを中心に包んでいた炎がダムの水を一斉にかけられたかのように消え去ったのである。
 そして、少し焦げくさい臭いと地面から出る煙が今までの炎の強さを物語る。
 一瞬にして鎮火した為、辺りを大量の水蒸気が包み込みバトルリングの様子が見えなくなる。

「これは"あまごい" ? 確かにイーブイは進化前から、進化後の補正技を覚えることができたはず」

 突如起きた、この状況に辺りを見回しながら自分に言い聞かせるように納得するルリカ。
 やがて、水蒸気が広がり薄れて行く……

パチンッ!

 尾のようなものが地を叩きつける音が鳴り響く。
 
「……。そんな?」

 悲鳴のように高く細く、そして美しい甲高い鳴き声が響く!!
 水蒸気が晴れたそこにいたポケモンは、間違いなく"シャワーズ"であった。
 突如現れたシャワーズに、ルリカが状況が理解できない感じで慌てふためく。

「"バブルこうせん!"」

 目視でロコンを捕らえると共にシズクが大きく手を前にかざして支持を出す!
 口からシャボン玉のようなあわを勢いよく発射する!
 急な攻撃にルリカの対応も指示も間に合わず、その攻撃がロコンに直撃する!

"効果は抜群"
 
 ギャラリーを含め誰の目から見ても分かった。
 その一撃を受けたロコンが絵に描いたかのように目をまわして大の字に仰向きに倒れた。

(バトル中に……イーブイが姿を変えた? あの炎の渦の中に"水の石"でも投げ込んだとでもいいますの?)

 今回のフリーバトル、アイテムに関しては特にルールを設けていない。それはトレーナーの自由となる。
 モンスターボールをグッと強く握りしめて、ロコンにポンと軽く投げる。

「ロコンはダウンですわ」

 セルフジャッジ! 誰の目から見ても明らかだが、ルリカはその事を告げてロコンをボールに戻した。

「ルリカ、次のポケモンを」

 それを見たジルが素早く次のポケモンを出すように指示する。

(この私が"水ポケモン" 対策をしてないとでも思っていますの?)

 先にダウンを取られたにも関わらず強気な笑みを見せて腰のベルトからモンスターボールを取り出した。
 一握りして通常の大きさになるボール。

「行きますわっ!!」


続く……

 


「行きますわっ!!」

 バトルの最中、炎の渦に包まれたイーブイシャワーズへと姿を変える。
 突然の出来事に対処しきれなかったルリカ、ロコンはシャワーズの一撃を受けダウンしてしまう。

「抑えは、あなたよ!! デンリュウッ!」

 叩きつけるように勢いよくモンスターボールを地面に投げる。
 現れたポケモンは、電気属性のライトポケモン"デンリュウ"である。
 低い鳴き声と共に構えその存在を大きくアピールする!

「……」

 主に炎ポケモンを使うルリカが繰り出した"電気属性"のポケモンに試合を見ているギャラリーがざわつく。
 試合を見ている一期生の中にルリカを知らない者は居ないのであろう。皆が予想しなかった一匹という訳である。

(なるほど、炎ポケモンの弱点である水属性に対して電気属性のポケモンを用意していた訳か……
 それにしても、あのデンリュウ……あの毛並みに体中を伝っている電気の様子。かなり育てられているぞ)

 現れたポケモンに目を凝らす。
 電気属性を専攻する予定であるジルは、そのデンリュウのレベルを一瞬にして見抜いた。

「私が炎ポケモンを使おうと決めた時……」
「?」
「私が真っ先に育てたのが、このデンリュウですわ!!」

 紹介するようにデンリュウに手で指して強気な笑みを浮かべる。
 炎を使うという前提に置いて一番に弱点を抑える。それがルリカの考えでありスタイルであった。

(確かに一つの属性だけで戦うと相性の壁は越えられない……2対2というルールなら最悪でも後出しができる)

デンリュウ! 先程のお返しに一撃で決めますわ"電気ショックッ!"」

 重心を少し後ろにずらしてどっしりと構えたデンリュウは、体中を伝わっている電流を一気に放電させる。
 黄色く光る電流が、少し離れた位置にいるシャワーズに襲いかかる! 

「……避けて! シャワーズ

 右に大きく跳ねて、電気ショックによる電流を避ける。攻撃を命中させるには少し距離がありすぎたようだ。
 デンリュウは電気ポケモンには珍しく、素早さがそれほど高くは無い間合いを詰めるには慎重を要する。
 さらに、その攻撃の動作には大きな振りが存在する為、これだけの距離があればシャワーズでも回避が可能という訳である。

(さぁ、どうするシズク? お前の手持ちに電気ポケモンに強いタイプはあるのか?
 早くポケモンを入れ替えないとこの相性差だ……一撃でダウンする可能性もある、序盤のリードを活かせないぞ)

 ところが……
 シズクは、ルリカよりギャラリーを気にかけるようにチラチラと辺りの様子を見ている。
 まるで、誰かに見られていないか気にかけている様子である。
 
「電気ポケモンを前にして、シャワーズを戻さないとは……単純な相性も分かりませんの?」
「一撃で決まらなかったよ」

 その様子を見たルリカが頭に怒りマークを浮かべて少し声を張りあげる。
 それを聞いてシズクは逆に挑発的な感じで舌を出して言い返してみせた!

シャワーズ接近して!"かみつく"」

 先ほどまで周りを気にしていたが一変、人差し指を前に突き出してデンリュウを指差し指示を出す。
 指示を受けるとシャワーズは勢いよく駆け出し、デンリュウへと突っ走って行く!

「自ら間合いを詰めてくるなんて……本当に何も考えていませんのねっ!
 デンリュウ、返り打ちにするのよ! "10万ボルトッ"!」

 シャワーズが向かってくる間に拳をグッと握って力を込めるようにして体中に電流を走らせる。
 そして、一気にその電流を放電し走ってくるシャワーズを多い囲むようにして包み込んだ。

シャワーズッ! Type-Thunder !!!!」

 それを見て突如、両手を口許に添えて大きな声で叫ぶシズク。

「……おいおい、マジかよ」
「嘘……ですわ?」

 ジル、ルリカ……そしてギャラリー全員が愕然とした。
 デンリュウの10万ボルトの電流に包まれたシャワーズは包まれた光の中、姿を"サンダース"へと変えたのである!!
 確かに10万ボルトの攻撃は命中する。しかし"効果はいまひとつ"同じタイプである為か、その攻撃に怯むことは無い!
 そのまま、サンダースはデンリュウの腕に力強くかみついた。

(おいおい……どうなってるんだ?あのイーブイ、いやサンダースは……?
 "石"も使わずにシズクの一声で違うタイプに再進化したとでも言うのか?)

 咄嗟に腕を振り、かみついているサンダースを弾き飛ばすデンリュウ
 態勢を崩さず着地するサンダース、この攻撃は確実にデンリュウにダメージを与えたようだ。

「どうなっていますの? そのサンダースは……入れ替えましたの? いえ、そんなモーションは……」

 ありえない光景を前にルリカは先程のイーブイからシャワーズへ戦闘中に進化した事を思い出す。
 一度だけなら"水の石"を投げ込んだという可能性も充分にありえたからだ。
 しかし、今度は違う。目の前でデンリュウの10万ボルトを受けながら姿を変えたのだ!

「なるほど、それで特別という訳ですわね」

 誰もが驚きを隠せない中、少し歯を食いしばり冷静な反応を見せる。
 不確定要素を前に慌てふためくルリカでは無かった!

「それなら、物理攻撃で仕掛けますわ。デンリュウ"メガトンパンチ"!」
「高速移動!!」
 
 大きく構えて繰り出されたデンリュウのパンチをワンステップで避けてみせるサンダース。
 同じ電気属性のポケモンであるが、先程のシャワーズと違い圧倒的にスピードが異なる存在である。

デンリュウのスピードで、物理攻撃だとサンダースは捕らえられないよ」
「電気技が使えないのはサンダースも同じ事ですわ、それなら近づいて来たところを狙うまでですわ」

 互いに手詰まり、不用意に近づくとデンリュウのその一撃を受けてしまう可能性がある。
 その様子を見て誰もが『この試合……少し長くなりそうだ』と思った矢先の事だった。
 シズクはサンダースを手元に呼び戻し、ボールに当ててサンダースを戻したのであった。

(お疲れ、イーブイ。2回も進化して疲れたね)

「シズク、サンダースを戻すなら次のポケモンを」
「うん」

 シズクがサンダースをベルトに戻し、次のボールを取り出して握る。
 その間、デンリュウの体中からバチバチと電気が唸るような強い籠った音が鳴り響く!

「間合いがあったり、手詰まりになったら"じゅうでん"を使うように教えてありますわ」

 腕を組んで強気にクスッと笑って見せる。

(特殊防御を向上させ、次の電気技の威力を上げる補強技……さすが、ルリカ無駄が無い)

 ボールを選んだシズクは強く握って祈るように額にボールをつけて瞳を閉じた。

「何をしていますの? まぁいいですわ、時間を駆ければかけるほどデンリュウのエネルギーが溜まりますわ」

 さらにルリカの指示でデンリュウは1歩2歩と歩を進めシズクの方へと近づいてくる。
 素早さが高くないタイムラグを阻止する為、最初から間合いを詰めておこうという作戦である。

(俺は、あの(行動の)"意味"を知っている。下手に間合いを……)

ドンッ!!

 一撃。ジルがシズクに近づくデンリュウを見ている間にシズクは選んだボールをフィールドに投げ込んでいた……
 刹那。ボールから飛び出した"リオル"は型を形成すると共に近づいていたデンリュウの懐に入り技を繰り出した。
 その攻撃はデンリュウの腹部を捕らえ、一瞬にしてデンリュウは前のめりに倒れこんだ。


続く……


 "はっけい"(発勁
 デンリュウに命中する大きな一撃! 一瞬にして前に倒れこむ……

「デンリュッ!!」

 瞳を大きく広げて驚いた表情を隠せないルリカ。
 それもそのはず、ボールから飛び出すとシズクの指示も受けずに急接近して技を繰り出したからだ。
 誰の目から見ても明らかな"ダウン"

デンリュウッ!! デンリューッ!!」

 少し離れた位置から似合わぬ大きな声で何度もデンリュウの名を呼ぶルリカ。
 その様子が何処か健気で寂しげで、ジルは独断でその試合の終了を告げようとした……

「……」

 するとデンリュウは静かに立ち上がって、再び構えて見せる。

「ダメ……」

 比較的にシズク側の近くにいるリオルとデンリュウ
 立ち上がったデンリュウの瞳を見て訴えかけるようにシズクが呟いた。

バタンッ!

 その声が届いたのか立ち上がったデンリュウは一瞬にして意識を失い再び倒れこむ。

「"ダウン"ですわ」

 と小さく息を吐いて一歩、二歩とデンリュウに向かってゆっくりと歩いてくる。

デンリュウ、ダウン!! 勝者、シズク!」

 パッと左手を挙げてシズクの勝利のコールを行う。
 すると、すぐさまジルはデンリュウに駆け寄るように近づいた。

「"はっけい"は麻痺を引き起こす技、あの距離でヒットしたんだ……」

 デンリュウに触れて、状態をすぐに判断する。

「お疲れですわ。デンリュウ、頑張りましたわね」

 倒れたデンリュウの頭を2,3回撫でてモンスターボールに戻す。

「良い子だね。デンリュウ

 シズクが呟く、一度倒れて立ち上がった時点でシズクはデンリュウが麻痺を患っていた事に気づいていた。
 トレーナーであるルリカの声援に応えようと無理に立ち上がったのがシズクには分かったようだ。

「おい、ダメダメちゃんのシズクが炎熱ルリカに勝っちまったぞ」
「いや……そんなことより、何だったんだ? あのイーブイはっ?」
「それも気になるんやけど、あのリオルの行動の早さは何やったんや?」

 試合を見ていた他の生徒たちが自然とざわつきだす。

「参りましたわ、シズクさん。タダ者では無いと……気にかけてはいましたが、これほどとは」

 らしくないシズクを褒めるような言葉。シズクは少し照れくさそうに笑顔を見せた。

(タダ者では無いか……、それを見抜いたあんたもタダ者じゃねーよ)

 ジルが自分の頭を軽く触りながら心の中で呟く。
 
「それにしても、凄いなシズク、ロコンもデンリュウも一発の攻撃でダウンさせるなんて」
「ぇ……」

 単純な感想を述べた。

 


―――

「一撃じゃぁーない」
 
 場外から声が聞こえた。野太く低い男の声だ。
 バトルリングを囲んでいたギャラリーが二つに別れ、その間に一人の黒い服、黒いズボンを穿いた一人の大柄な男。
 どうやら、学生……という訳では無さそうだ。年齢は20代半ばぐらいに見受けられる。

「貴様等の目は節穴か?んー?そうだろ、お譲ちゃん」

 空けられた道をドシドシと歩きシズク達の方に近づいてくる。
 その後ろにもう一人、同じく黒い服装に包まれた若い細見の男が静かについて来る。

「……」

 その男の問いかけにシズクは小さく頷いてみせた。

「"しんくうは"だ」

 後ろにいる男が呟いた。

「……?」
「ボールから飛び出すとほぼ同時に、そこのリオルはデンリュウに向かって"しんくうは"を放ったんだよ。
 "じゅうでん"で特殊防御を上げていたみたいだが、先制を得る"しんくうは"を受けて一瞬怯んだんだ訳だ」

 大柄な男が語る。
 次の電気攻撃の威力を上げる"じゅうでん"を行っていたデンリュウも同時に攻撃を仕掛ける可能性があった。
 だからこそ、シズクはほとんどダメージが与えられないと分かっていても先に先制が可能な"しんくうは"を打たせた。
 ダメージが無くとも攻撃を受ければ一瞬は怯む。それが、まだ姿さえ見えない敵なら尚の事であろう。

(一番近くで見ていたのは俺だが……気付かなかった。こいつ等、一体)

「何ですの?あなた達は、教員だとしても見たこと無い顔ですわね」
「あぁ……、俺達か」

―――

「あれ? 教室の扉が開かない……故障か?」

 何度も開閉のボタンを押しても自動ドアは反応を見せない。
 バトルリングのある教室から外に出ようとしている生徒が困っている。

「あっ……開かないよ? 俺達が閉鎖した」
「え?」

 大柄な男が親指で自分の黒い服の胸元にある赤字で書かれた二つのRの文字を指差し悠々と語る。

「俺達は"ロケット団=リターンズ" 通称"RR団"だよ!!」

 強気で余裕に満ちた表情でシズク達3人の方を見て笑みを溢す。
 後ろにいる細見の男は大柄な男の自己紹介の間何も口にせずただ不気味に立ち尽くしているだけであった。

「"RR団"? そちらの方もそうですの?」

 ルリカが後ろの男に問いかけるように聞く。すると男は「あぁ」と小さく呟いて一つ頷いてみせる。
 自然とその二人から距離を取るようにギャラリーであった他の生徒達が一歩、二歩と距離を取る。

ロケット団……聞いたことがある。数年前に滅んだ、ポケモンを使って悪事を働いていた組織の名前だ)

 その名前に何処か聞き覚えのあったジルはルリカとシズクに少し下がるように指示を出す。
 周りがざわついているのを嬉しいのか大柄の男は「はっは」と声を出して笑い出す。

「さぁ、手っとり早く仕事を済ませようか」


続く…

 


「仕事を済ませようか」

 大柄な男は不敵な笑みを浮かべ言い放つ。
 自然と身構えるシズク達3人、そして囲む他の生徒たち十数名も同じく集中する。

「はっは……とりあえず、自己紹介だ。俺は"ガルド=ラインハルト"
 そこの後ろにいる物静かな奴は"ウル=ディ=ヴェルチ"だ。まぁ、コードネームみたいなもんだがな」

 自身を示し、続いて細見の男を指差して話を続ける。
 この緊迫した空気には似つかわしくない饒舌な喋りに逆に緊張感が高まる。
 ガルドは首を左右にゴキゴキと音を鳴らせながら曲げた後、小さく息を吐いた。

「さて……本題だ」
 
 他の人間の顔を見渡すようにして続く。

「お前達のポケモンを全部、頂くぜ?」
「なっ!?」

 驚いたような反応を見せる多くの人間に「やっぱりか」と言わんばかりの表情を見せるジル。
 
「そうはいきませんわ!! 私達ポケモントレーナーが、大切なパートナーを簡単に手渡すとでも思っていますの?」

 ルリカだった。
 一歩前に踏み出して堂々たる態度で言葉を飛ばす。
 その一言に「そうだそうだ」と言わんばかりにギャラリー達もざわついた。

「わかんねー奴だな。別にこの学校を俺達二人で占拠した訳じゃねぇー……
 これだけの人数がいる部屋だが、二人で充分だと判断したということが……!」

 一瞬のプレッシャー

(二人でここにいる全員を相手できると自負しているって訳か悪党とはいえプロフェッショナル、学生が立ち打ちできるのか)

 身構えるように腰のベルトのボールに手をかけるジル。
 その様子に気付いたのかガルドは再度不敵な笑みを浮かべて自らもボールを手に取った。

「それなら少し遊んでやろうか?」

 ジル、ルリカ、ガルドの視線が交わる。
 バトル勃発かと思われた矢先、今まで無言で立っているだけであったウルが一歩前に出る。

「学生風情の雑魚ポケモンに興味は無い」

 刺さるような冷たい視線、ボールを投げようとするガルドを静止してジルとルリカに言い放つ。

「なっ?私達のポケモンが雑魚ですって?」

 するとウルは静かに腕を上げてジルとルリカの後ろに立っているシズクを指差した。

「蔵書庫にあった文献で読んだことがある。旧ロケット団が、改造ポケモンとして開発した属性変換能力を持つ"イーブイ"
 タマムシのジムリーダー"エリカ"に引き取られ、その後旧ロケット団を壊滅させたマサラの"レッド"というトレーナーの手に渡ったと……」

 探りを入れる視線。
 シズクは図星を突かれたかのように瞳を大きく開け驚いた表情。

「当初、"3つのエネルギー"を持っていたポケモンだが……"昼""夜"幾度となく生活を繰り返せば、あるいは……」
 
 他の人間を完全に無視して喋り続けるウル。
 どうやら彼の興味はシズクのイーブイにあるようである。

「なんだ~? そいつが持っているイーブイは、やっぱり珍しい奴なのか?」
「あぁ」

 ポケットに手を入れたまま余裕の態度であるウル。
 
「それなら話は簡単だ。お前……イーブイだけで良い! 他の奴等のはいらない」

 シズクを指差してガルドが大きな声で言い放った。
 
「毒霧に沈め……」

 もう片方の手に持っていたモンスターボールを手から零すように落とす。
 黒い靄と共に一匹のポケモンげ形成される。

「……これはスモッグか?」

 口元を抑えジルが一歩下がる。
 ガルドが繰り出したポケモンは"マタドガス"であった。異臭を漂わせ不気味に宙を舞いガルドの手前へと現る。
 マタドガスの登場を見てウルはシズク達に背を向けて一歩二歩とガルドの後ろへと下がって行った。

「どくがすポケモン? あの毒は人体にも有害だ!」
ポケモンが戦力だというのなら、私達もそれで応戦させていただきますわ!!」

 一歩も退かずに強気な感じで前に出るルリカ。
 自然と攻撃対象になりそうなシズクを庇うようにその前に立ちはだかって見せる。

「おうおう、邪魔はしたいみたいだな~!? 目的はイーブイだが相手ぐらいしてやるぜ?」

 ガルドの言葉に再び手に持っていたモンスターボールを前に構えて見せる。
 ポケモンのバトルが行えるように数歩下がって間合いを取る。さすがにバトルリングをそのまま使う余裕はないようだ。
 自然と他のギャラリー達もルリカ達を囲むように場所を開けるように広がる。

(教室は閉鎖されている……こいつらは自ら二人で無いと言っていた……。
 他の教室もおそらく閉鎖されているだろう、バトルを受け入れるという事は時間に余裕が無いという訳ではなさそうだ)

 素早く現状を模索し解決策を見つけようと考えるジル。
 後ろでシズクが微かに震えているのにジルが気付いた。

「大丈夫か……」
「うん」
 
 か細い声で答えた。

「おい」
「……?」

 少し離れた位置に立っているウルが視線を合わさずルリカ達の方を見たまま問いかける。

「何だ?」
「お前が、この状態を一番冷静に分析できていそうだ」
「……そいつはどうも」

 ウルの不気味な態度と喋りに手に汗を握るジル。

「あの女では、恐らくガルドには勝てない。お前達がとめてやれ……」
(……何だ? ルリカの心配をしているのか?)

 睨むようにウルを見るが、その視線に気づいているはずなのに微動だにしない。

―――

デンリュウは先程の戦いでかなり消耗していますわ。最強の一手を打ちたい所ですが、ここは……)

 ルリカは手にしたボールを投げ込んだ。

「なぁーんだぁ? 一段階も進化していない"ヒトカゲ"だぁ? こいつは準備運動にもならねーな」

 繰り出したヒトカゲを見てふてぶてしい態度であくびをする仕草をして見せる。

「あまり、甘く見ないことですわ!!」

 


続く…


「お前達が止めてやれ……」

 試合には全く興味のない感じでポケットに手に入れウルが忠告する。
 ときおり、周りの生徒や教室内を見回したりして勝負内容には本当に興味が無いようだ。

ヒトカゲッ!"ひっかく"!」
「カゲッ」

 ルリカの指示を受けて間合いを詰めるように飛び出して接近する。
 マタドガスは"浮遊"を持ちバトルにおいてそれは"飛行"を持つに等しい。
 当然、地面を蹴って攻撃してもヒトカゲの爪はマタドガスにかすりもしない。

「ハーッハッハ!!」

 ヒトカゲの様子を見て大きく口を開けて笑って見せる。

「ひっかくは接近する為の口実ですわ! その距離なら当てられますね?"かえんほうしゃ" !」

 まるでルリカの意志が最初から伝わっていたかのようにヒトカゲは素早く息を大きく吸って重心を添える。
 宙を舞い持ち主同様に余裕と油断していたマタドガスに向けてヒトカゲの体からは想像もつかないほどの炎を一気に吐きつける。

「クッ? こいつ、ヒトカゲのままで"かえんほうしゃ"が使えるのか!?」

 驚いた瞬間にはマタドガスにその攻撃は命中していた。一気に炎に包まれるマタドガス……

「はっ!! そんな炎でやられるかよ! マタドガスッ!」
ドガーッス」

 体中から薄紫色の霧が吹き出し、逆にその炎を包み込んで鎮火する。
 マタドガスはダメージを受けているようだが、この一撃では決まらない。火傷による余剰効果も見受けられなかった。

ヒトカゲッ!」
「敵は真下だ。"スモッグ"だ」

 指示を受けたマタドガスはドス黒い汚れたガスを口から勢いよく吐き出す。同時にそれはヒトカゲを包み込む。
 ガスの中で苦しみ「ゲホッゲホッ」と咳をするヒトカゲの姿が浮かぶ。
 自ら詰めた間合いにより、その攻撃を受けてしまう。

「こっちに戻って!早くッ」
「させるかよ……"えんまく"だ! マタドガスッ」

 今度は体中から濁った灰色の煙を一気に散布する……。
 それにより、トーレーナーはおろかヒトカゲの視野は閉ざされ方向感覚を失う。

「あ~あ~……俺も見えねーが、これじゃあ、ヒトカゲは帰れねーな」

 仕掛けておいて、わざとらしい言い方をしてみせるガルド。
 おそらく先程のスモッグによりヒトカゲは"毒"状態を誘発している。
 この状態でボールの中に戻れず、フィールドを放浪する事がいかに危険である事か……

「ゴホッ……ゴホ、何処? ヒトカゲッ」

 煙に視野を閉ざされ少し吸って咽ながらも、片目を開けてヒトカゲを探すルリカ。
 ヒトカゲの尾の炎を目印に探そうとするが煙は思った以上に濃く誰の目も利いてはいないだろう。


―――

「止めなくていいのか?」

 煙を目の前にして尚、ポケットに手を入れたまま微動だにしないウル。
 同じ位置に立って、ギリギリ煙に包まれていないシズクとジルに訴えるように話かける。
 しかし……相変わらず視線は当人の方を向いておらず煙に包まれたフィールドを見ている。

「割って入ると怒られるもんでね」
(……何なんだ、こいつの不気味な圧力は)

 少し笑って挑発的に返して見せるジル。心の中では探りを入れる感じであるがウルは、その言葉にも反応を示さない。
 数秒の静寂……ヒトカゲを呼ぶルリカの声だけが聞こえる。
 ガルドは面倒そうに欠伸をしながら頭を捻ってコキコキと音を鳴らしている。

「助けてやれ、ヤミカラス

 ウルであった。
 煙を前に数歩下がってポケットから手を出し腰にあるボールに手をつけた。
 手に平に乗せたボールをそのまま開口し、中から一匹の"ヤミカラス"が飛び出した。
 バサバサと羽ばたく音を鳴らし、ウルの肩に静かに乗った。

「"ふきとばし"だ」

 頭を少しヤミカラスに向けて指示を出す。頷くようにしてヤミカラスは肩から飛び立ち上空へ
 通常小さい鳥ポケモンは何度も羽ばたいて大きな風を起こすのだが、ヤミカラスは勢いよく一度に大きな風を起こしてみせた。
 
 フィールドを包んでいた"スモッグ"と"えんまく"の混じった煙は一瞬にして消し飛んだ。
 教室が閉鎖されている為か、微妙に教室が濁ってみる……。
 煙が晴れたそこに倒れているヒトカゲの姿を発見する。

ヒトカゲッ!」

 すぐさま近づいて抱きかかえる。毒を負っている様子でぐったりと力が出ない感じである。
 その様子を見てジルが素早く駆け寄った。

「"毒消し"だ、早くこいつをヒトカゲに」
「ぁ、ありがとうございます」

 
―――

「物持ちの良い奴だな」

 ガルドが眺めながら口にする。
 シズクとの対戦の時もそうだったがジルはアイテムを常に持ち歩いているようだ。

「なぁーんで、止めた? ウルゥ~」
「その女の負けだ」

 一言呟いてみせる。

「わかったか?」
「……?」

 ウルは体をシズクの方に向け口を開く。
 先程、ヒトカゲを助けた事から少しなら話の分かる人なんじゃないかとシズクは思っていた。

(……何? この感じ)

 だが、それは違った。冷たく凍りつくような虚無の瞳。

「簡単な取引だ。お前のその"イーブイ" 1匹でこの場を収めようと言っているんだ」
「で、でも」
「他の仲間が傷付く事になるぞ……あの女のように」

 突き刺さるような視線、何処となく感じる他のギャラリーの生徒達からの「巻き込まれたぜ」と言わんばかりの視線。
 かすかに聞こえる「早くイーブイを渡しちまえ」という他力本願な声……。
 
「……」

 シズクは、ゆっくりと腰からイーブイの入ったモンスターボールを取り出し手に取った。

 


続く…


 イーブイの入ったモンスターボールを手にゆっくりと胸元に近づける。
 しかし、その瞳には降参の文字は無い。そのまま、このモンスターボールを渡そうという訳では無いようだ。

「ダメだぞ、シズク……奴らの力に屈しちゃいけない」

 ジルは明確に"悪に屈しては"とは言わなかった。

「うん」

 イーブイの入ったモンスターボールを渡す気が無いという事を知るや否やガルドが一歩前に出る。

「あ~? だったら、どうする? 俺を倒すか?」
ドガースッ」

 ガルドの背後に浮くマタドガスが挑発するように体を震わせて紫色のガスを軽く噴出させる。

(さぁ……どうする? さっきのルリカとの戦いを見た。簡単には勝てない、何か手を……)

 眉をしかめ視線をガルドから逸らさず頭の中で考えをまとめようとするジル。
 すると、シズクが前に立つジルを押しのけて横に並ぶ。そして、小さく一歩前に歩を進めた。

「あんた達なんかに負けない!」

 シズクは体の震えをふるい解き、モンスターボールを持つ右手を手前に伸ばして言い放つ。
 その強気な瞳が気に入らなかったのか、ガルドが不敵に大きく笑い交互の手の指をバキバキと鳴らし出す。

「良いぜ? 特にルールなんてねぇ、俺のポケモンを倒してみせろ!」

 こめかみに血管を浮かばせ、人差し指で挑発するようにクイッ"来い"と言わんばかりの合図を示す。
 新たな戦いが始まろうとしているにも関わらず、ウルは再びポケットに手を入れたまま静かに立ち尽くしている。
 先ほど出した"ヤミカラス"をまだボールに戻さず右肩に静かに乗っているままである。


―――

(ちっ……一体、どれだけの人数でこの学校を占拠してるんだ。こんなに時間を掛けていていいのか)

 前に出たシズクを気遣いながらも、少し離れた場所で興味が無さそうにしているウルを見て睨みつける。
 再び、バトル勃発。ウルは静かに充分な戦いが出来るだけの間合いを取るように歩を下げる。ジルも同様に。

「大丈夫か? ルリカ?」
「え、えぇ」

 しゃがみ込んだまま、まだ元気が出ない様子のヒトカゲを抱いているルリカの横に立つ。
 
「何故……止めない?」

 ウルだった。先ほどと同じように視線は合わせない。ルリカとガルドの方を向いたまま静かに話す。

「あの紫髪の女なら、勝てるとでもいうのか?」

 ギョロッと大きな瞳がジルの方を向く。その気迫に押されつつも強気に言い返してみせる。

「あぁ、あいつがこの中にいる誰よりも強いんだぜ?」

 嘘かもしれない。だが少しのブラフにでもなればと見栄を張って見せたのだ。
 その声を聞いて周りの他の生徒がザワザワと口々に喋り出す。

「ダメダメちゃんのポケモン一匹で解放されるなら……早く差し出せよ」
「あいつが最強? 模擬戦で敗戦続きなのに?」
「やだ……。何で、こんな事に巻き込まれるのよ」

 周りから聞こえる数々の声。
 それに気付いてかウルは"ふっ"と小さく鼻で笑い視線をシズク達二人に戻した。

「黙りなさい」

 ……
「え?」

 ざわつく外野にルリカが小さく言葉を漏らす。
 誰かの聞き返す言葉に、再び大きな声で怒鳴るのかとジルは思った……しかし
 ルリカのその小さな一言は、一瞬にしてギャラリーを黙らせたのだった。


―――

マタドガスは、さっきのお譲ちゃんから全然ダメージを受けてねぇ……俺はこいつで行かせてもらうぜ?」

 その言葉を聞いてシズクは持っていたイーブイモンスターボールを静かに胸元に近づけ瞳を閉じる。

「何ですの? あの毎回見せるシズクさんの行動は……」
「あぁ、また……本人に聞いてくれ」

 不思議そうに問いかけるルリカに対してジルが少し自慢気に言い返した。

イーブイ、今日はもう2回も進化してるけど……まだ、大丈夫?頑張れる?)
(ブイッ!)

 シズクの期待に応えてかイーブイは元気に頷いてみせる。ボールを通してその意志がシズクに伝わる。

「ぁールールは無しだぜ? 俺達はバトルを楽しみに来てるんじゃねーんだ、マタドガスッ!」

 シズクがポケモンを出すのを待たずにマタドガスは体を震わせながらガスを振りまきだす。

「ゲホッゲホッ、てめぇ! もっと、前に出やがれ」

 ガルドの後方で行動した為、ガスにやられて咽る。不気味にマタドガスは笑いながらガルドの前に出る。

イーブイ、お願いっ!」
「ブイッ!」

 自分の足元にポンとボールをはずませてイーブイを繰り出した。

「おーおー、お望みのイーブイじゃねぇーかよ? さっきまでサンダースだったのに戻ってやがる。本物か……」

 ガルドの興味と共にマタドガスが前進しイーブイに近づいて来る。
 それと同時に全身から噴き出す"どくがす" 一気に捕らえる為に弱らせようという魂胆である。

イーブイ、Type-Esper」

 膝を折ってしゃがみイーブイの頭を軽く撫でてシズクが指示を出す。
 イーブイは小さく頷くと共に体を震わせ、薄い紫色の"進化の光"に包まれていく……。

 ――!!

「戻って!! イーブイッ!!」

 一瞬。
 シズクは圧倒的なプレッシャーの接近に気付き、姿を"エーフィー"に変えようとするイーブイにボールを投げつけた。
 素早く投げ込まれたモンスターボールに収容されるイーブイ……。
 この出来事に周りの理解がおいつかない。「何だ?」「何だ?」と不思議がるものが多い。

「対した反射神経と判断力だ」

 賛美の声。その声の主はウル。
 今まで戦闘に興味が無い様子であったが、一歩踏み出して二人の間に割って入る。

「あ……あいつ!!」

 前に出たジルに全員の視線が集中しただろう。真っ先に気付いたのはジルであった。
バサッバサッ……
 羽同士が掠れ合うような音を立て空中から"ヤミカラス"が再びウルの型へと戻す。
 そう、この進化、刹那の一瞬にウルの肩からヤミカラスが高速で飛びだしイーブイに攻撃を仕掛けていたのだ。

「騙し打ち……ですわね」
「あぁ」

 反感の視線を全て受け流し、ウルはシズクの方を見て口を開く。

「ルールは無い。誰も一人対一人だとは言っていない」

 


続く…


 ヤミカラスが宙を舞い再びウルの右肩にそっと足を置く。
 ガルドとシズクの間に割って入ったウルは凍りつくような視線でシズクを見た後、微笑を見せる。

「ウル~俺はこんな奴に負けたりしないぜ? 騙し打ちなんてお前らしくもない」

 少し怒り気味の態度。
 これまで戦闘に興味が無い様子であったウルが突如割り込んでくるのも違和感がある感じであった。

「お前……気付かないのか?」
「あぁ?」

 ウルは振り返り冷めた瞳でガルドを睨む。その圧力に思わずビクッと気圧されてしまうガルド。

「あ、相性の事か? 確かに俺のは毒タイプだが……」
「違う。相性の問題では無い、単純にイーブイがあの"レッド"が所持していたものかもしれないという事だ」

 戦闘を一時中断したウルは、そう一言残すと再び二人に背を向け元の場所へと戻って行く。

「女ッ、俺達の目的はあくまでそのイーブイだ!迂闊に獲物を敵の前に見せるのは得策ではない」

 忠告。戻り際に振り返りシズクに告げる。

「……」

 "悪の組織" それとは掛け離れているウルの行動に戸惑いを覚えない訳が無い。
 シズクだけでなく、その様子を見ていたルリカもジルも同様にそう思ったであろう。

「あー、長引かせるのも面倒だ!! 悪いがもう潰させてもらうぜ」

 あまり気の長い男では無いようだ。ウルの指摘を受けてかこめかみに血管を浮かばせ怒りを露わにする。

「それってお前の事じゃね?」
「そうやね」
「最初からこうすれば良かったのよ」

 気が付くと、ガルドとマタドガスの周りを複数のポケモンが囲んでいた。
 "ピジョン" "ニドリーノ" "ニョロゾ" "コリンク" "ピッピ"
 そう、他のギャラリーのトレーナー達が、事態をおさめようと自らのポケモンを展開したのだ。
 その様子に怯む事無く不敵な笑みを浮かべるガルド……

「ルール無しなんだろ? おっさん」

 ピジョンを腕に乗せた細見の鳥使いの青年が強気に言葉を投げつける。


―――

「お、おい!! やめろ、お前ら」

 その様子を少し離れた位置で見ていたジルは驚いた表情と共に止めるように一歩前に出る。
 ジルは半端に刺激するべきじゃないと思った考えていたが思わぬ行動だった。

「ふんッ」

 ウルは"くだらん"と言わんばかりに鼻で笑うと背を向けて教室の一番隅の方まで歩いて行った。
 そのウルの様子を見てジルの脳裏に過る。最悪の事態。

ドガースッ!! "ヘドロばくだん" "スモッグ" "えんまく"だ!」
「させるかよ……
「おーっと、迂闊に攻撃すると"だいばくはつ"を誘発するぜ? 一緒に逝っちまうか? はーはっはは!!」

 囲まれても焦った様子を見せなかった余裕の正体。
 この距離で"だいばくはつ"を使用すればポケモンはもちろんトレーナーの命にも関わる事になる。
 そのガルドの挑発的な言葉に足が竦んで攻撃の指示を上手く出せない他のトレーナー達。

「思い切りは良かったが残念だったな」

 ガルドの笑い声と共に"マタドガス"が指示を受けた3つの技を同時に繰り出す。
 周りのポケモンにヘドロやガスを吹きつけながら体中からガスが吹き出し、ルリカ戦同様視界を奪っていく。

「こいつ等は全員、毒を受けただろうな~! 物持ちの良いガキも、これだけのアイテムは持っていまい。
 さぁ、イーブイを差し出すなら……この部屋の扉を開けてやろう! はーっはははははは!」

 薄黒く包まれた"えんまく"の中にガルドの声だけが響き渡る。
 鳥使いがピジョンに"ふきとばし"を命じるも毒で体が上手く動かないようで技を繰り出せない。


―――

 ……

「お前のせいで、皆が傷ついているぞ」

 距離がある。聞こえるはずが無い擦れた小さな声がシズクの耳には確かに聞こえた。ウルの声である。

「どうしよう……どうしよう?どうしよう!?」

 混乱し、訳が分からなくなる。ゴホッゴホッと"えんまく"の煙に咽ながらも頭を抱え込む。
 ただ単にこの事態がシズクのせいだという罪悪感で混乱に陥った訳ではない。
 シズクにはイヤでも聞こえてしまう。
 ……
 この煙の中で毒に苦しむポケモン達の嘆きの声が……
 意識している訳では無い。勝手に頭の中に流れ込んできてしまうのだ。
 
「どうしよう……」

 しゃがみ込んで両手で顔をうずめてしまう。

「おい!? 大丈夫か?みんな?ゲホッ……、クソッ。壁際まで走れば、この煙を抜けられるのか?」

 盛大に吹きだしたガスは先程のヒトカゲとのバトルとは比べモノにならないほど膨大な量である。
 一気にこの教室全体を包み込んだ。ウルが隅に退いた事から、四隅はぎりぎり安全なのかもしれない。
 しかし、方向感覚さえ奪われ、広がり薄められたとはいえ"毒"を有する煙の中。そんな余裕がある者はいない。

「……」

 罪悪感とポケモン達の悲痛の声に襲われたシズクの瞳から無意識に一粒の涙が零れ落ちる。
 もはや、シズクの頭の中は真白である。何も、考える事はできない。

(泣いているのか……?)

 シズクの頭の中に問いかけるような一言。リオルの声では無い。
 もっと、威圧感のある、低い包容力のある大人のような優しい声。

「……」

 その声にシズクは顔を上げ我を取り戻す。

(私は……お前を守る為にここにいる)

 直接頭に話かけるその声の主を理解するシズク。
 一気に表情に活気が満ちて溢れ立ち上がる。

「ごめん。本当はあなたは……」
(構わないさ)

 零れる涙を腕で拭き取り両手で頬をパンパンと叩いて瞳を開ける。
 そして……ゆっくりと、トレーナーズベルト"左後方"から一つのボールを手に取り胸元で強く握る。

 紫色のボールに赤い装飾、真ん中に書かれた一つの"M"の文字。

「お願い!!」


続く…


 ポケモンたる万物の存在を無条件に捕獲するアイテム。
 トレーナーとしての道徳性が否定され、世に出回る事なく試作段階で放棄された完全無欠のモンスターボール
 存在が否定されたアイテム、存在しないアイテム。

 シズクの手に握られたのは"ソレ"……
 名を"マスターボール"

「敵の場所は分かる?」
(無論だ)

 爆発的にガスを噴き出したマタドガスにより視覚は皆無。目を開けている事さえままならない。
 マスターボールを両手で包みこむように持ち胸元の前に、そしてゆっくりと瞳を閉じる。

(状況が状況ですが、あなたの存在をここにいる誰一人にも見られる訳にはいきません)

 改まって喋りが丁寧になる。一瞬にして考えをまとめ瞳を開く。
 慌てふためく他のトレーナーやポケモン達の声や雑音が一瞬、途絶えた。

「この大袈裟な技は"こんらん"を招くもの……こんな煙やガスの中で冷静でいられる方がどうかしてる」

 目を細めて意識を集中する。

("白い霧" "テレポート" "サイコキネシス" 2秒刻み、最後のテレポートを含め10秒以内よ)
(問題無い)

 ボールを通してシズクとポケモンとの意志が通じ合う。
 作戦を伝え終えたシズクはゴクリと息を飲み込んで、ボールを持つ手を前に伸ばした。


―――

「ちっ……視界が悪い。これだけ充満していると"ふきとばし"でも何ともならないぞ!?」

 同じく現状を打破しようと口元を手で覆いながら何も見えない辺りを適当に見回して確認するジル。
 
(こうなったら、壁に穴でも開けて……ガスを外に逃がすしかねぇーか)

 腰にある一つのボールに手をかける。赤い装飾の施された青いボール"スーパーボール"である。
 この教室がバトルフィールドを有する広い部屋だとしても教室である以上、一方方向に歩き続ければ壁に当たる。
 少し駆け足でジルは一歩を踏み出す。

「……人影?」

 途中、煙の中に人影を見つける。敵か味方か分からず簡単には近づかない。
 一定の間合いを取りつつ、所々途絶える煙の隙間から、それがシズクだと分かる……

(シズク? 手にはモンス……いや、あいつは"マスターボール"か??)

 丁度ボールを手前に出しているシズクを目撃していたのだ。
 接近して話かけることも出来ただろう、しかし、ジルの興味はそのボールにあった。
 シズクはジルの存在には気付いていない。

(あのボール、やっぱり空じゃないのか)

 眉間にしわを寄せて集中してシズクを観察する。


―――

「お願いね」

 差し出した手から零れ落ちるように"マスターボール"がゆっくりと地面に向かう。
 その瞬間に息を飲むジル、しかし……そのボールは地に着く前に開口し、それと同時に辺り一面に"白い霧"が発生する。

(何だ? 今度は白い霧か? シズクの奴、一体何を?)

 一瞬だが、その白い霧の中を"テレポート"の際に見える独特の光が走った。
 ポケモンこそ確認できなかったが、その光をジルは見逃さなかった。

「!?」

 数秒も掛からなかった。
 見えないなりに光を追おうと辺りを見回す、そして、次の瞬間にシズクが立っていた前方に明るい光が見えた。

「……な、なにーっ!?」
「ドガーッ……」

 ガルドの焦った声と共にマタドガスの痛烈な鳴き声。そして、地面にそれが落ちる音が鳴り響く。
 白い霧は先程までのガスより薄く目を凝らせばわずかに状況が把握できるぐらいには見える。

「一体、何がっ?」

 間近で見ていたジルにも何が起こったのか全く分からなかった。
 だが、次の瞬間同じようなテレポートの光が走りシズクの後ろに一匹のポケモンがゆっくりと着地する。
 一瞬、その(ポケモンの)瞳がジルを睨みつけたかのように感じた。

「……お、おい」

 動揺を隠せないジル。思わず足が笑い腰を抜かして尻もちをついてしまう。
 シズクの背に現れたポケモン
 美しい白い体に、特徴的な尖った耳、そして全てを見透かすように紫色の瞳。

「……」

 ジルはそのポケモンを知っていた訳では無い。
 ただ、その"圧倒的な存在感"という名の圧力に一瞬にして押しつぶされてしまったのである。


―――

(良い作戦だ。"パープル")

 シズクを背に腕を組んで不敵に笑う。

「もぅ、"シズク" だってば!!」

 一段落ついたと思ってか少し気の抜けた感じで背中越しに"マスターボール"を当ててそのポケモンを戻した。
 そのまま、そのボールをいつもと同じベルト左後方にゆっくりとつける。

「うーん」

 両手を大きく挙げて伸びをしてみせる。
 技の使い手であるマタドガスがやられた為か、白い霧によって掻き消された為かは分からないが
 その黒いガスや煙はじょじょに薄れ、やがて部屋の換気システムの中に吸い込まれて消えていった。

「大丈夫か!! ピジョン

 他のトレーナー達は自分のポケモンを目視できるようになり急いで駆け付ける。
 やはり、多くのポケモンマタドガスの攻撃で毒を受けてしまったようで心配そうに抱きかかえるトレーナーが目立つ。

「おいっ!! どうなってやがる!!」

 ガルドは何時の間にか装着していたガスマスクを外し地面に叩きつける。
 完全優位と思える状態で、自分のマタドガスがやられたのだから無理もないだろう。

ガサッ……

 シズクが歩を進め、ガルドの前に近づいた。

「倒したわよ? マタドガスッ」

 大胆不敵、挑発的な笑みを浮かべた。

「ふざけるなよっ!! 学生風情がっ!!」
「……!?」

 誰が見ても分かる、ブチ切れたガルドの態度。大柄な男のその態度に思わず一歩退いてしまうシズク。

「なめるなっ!なめるなっ!!」

 ガルドは大声で怒鳴るとベルトにある別のモンスターボールを強く握り、その腕を大きく振り上げた。

(新手?)

 身構えるシズク。

「やめろ」
「ウッ……ウルゥ?」

 その振り上げられた腕を何ら軽く肩手で静止して二人の間に入る。

(……あいつ、確か?壁際に?)

 まだ上手く立ち上がれず腰をついているジルが、先程ウルが立っていた壁に一度視線を送る。
 そして、再びシズク達の方に視線を戻す。歩いて来たようには感じられなかった……
 一瞬にして二人の間に突如として現れたのだ。

「……」

 ガルドを静止したウルはその手を離すと両手をポケットに入れてシズクを睨みつけた。
 凍るような冷たい瞳、見ているだけで罪悪感と虚無感さえ覚えるプレッシャーを感じさせる。
 そして、ウルはゆっくりと口を開く……
 

続く…


「"面白いもの"を見せてもらった」

 凍てつくような瞳で言い放った一言。その視線の先には当然のようにシズクがいる。
 その言葉に大きく瞳を広げ動揺を隠せない表情を見せるシズク。

「フッ」

 その表情を見て小さく鼻で笑い微笑をこぼす。
 他のトレーナーや、ルリカ、ガルドは何故シズクが驚いているのか分からない。

「退くぞ……」
「なっ!! こんな生意気なガキごとき」

 再び声を張りあげるガルド!
 ウルは即座に手の平を口元に翳して静止させる。

「うっ」

ドンドンッ!!

 閉鎖されている教室の自動ドアを叩く音が聞こえる。
 その扉をギロッとウルが睨むとガルドが少しうろたえて黙る。

「さすが、と言うべきか……優秀な教員トレーナーを前に散った奴がいるという訳か」
「ぁー?何だよ、自分の持ち場ぐらい、食い止めろってんだよ!」

 拳を握るガルド。
 どうやら、扉の向こうは駆け付けた教員等と察してか撤退をはかろうとする。
 その様子を見て腰を抜かしていたジルが素早く立ち上がり前に出る。

「させない! 自分達で閉鎖したのが仇になったな!!」

 手には先程握っていた"スーパーボール"
 おそらくジルの主力となるモンスターが入っているのだろう……
 逃がすまいとウルとガルドに向け強く言い放つ。

「買い被りか? 考察力が足りないようだな」

 ジルの言葉を受けてウルが、ゆっくりとポケットに入れた手を出す。
 その手には一つのモンスターボールが握られている。
 それと同時に倒れているマタドガスにボールを投げつけ回収するガルド。

「……エスパーポケモン!?」

 ゆっくりと手から零れおちるボールを見て一瞬で察するジル。
 その言葉を聞いて喜びに近い笑みを見せ不気味に呟く。

「正解だ」

 開口と共に現れたのは"ケーシィ"であった。
 ウルが素早く"テレポート"を指示ると二人は光に包まれ一瞬にして教室から消え去った。


―――


 ウル達が消えて数分後、教室の扉のロックが解除されたのか数名の教員とトキワシティの警察が駆け付ける。
 他の教室や教員達も他の"RR団"のメンバーによって拘束・占拠されていたようだ。
 しかし、元優秀なトレーナーであった教員等はシズク達同様"RR団"を撃退したのであった。

 一部の毒を受けたポケモンとそのトレーナー達は教員の指示でポケモンセンターへと誘導される。
 残ったトレーナー達に駆け付けた2~3名の警官が事情を聞くために教室内を回っている。

「私はヒトカゲが心配ですので、一応ポケモンセンターに向いますわ」
「あぁ」

 ルリカはヒトカゲの入ったモンスターボールを大事そうに抱えてジルとシズクに告げる。
 そして、せっせと似合わない駆け足で教室を後にする。

「大丈夫でしたか?」

 先程の模擬戦担当の教員、各生徒達に安全の確認をしにまわっているようである。
 シズクとジルは小さく頷いて笑みを見せる。教員も胸を撫で下ろし他の生徒の元へと歩いて行く。

「……」
「どうしたの?」
 
 何か言いたげな表情でシズクを眺めているジル。
 しかし、上手く言葉が出ず「いや」と頭を振って言葉を濁してしまう。

(あのポケモンは、見たことが無い。勉強不足か……まぁ形は覚えている)

 するとシズクとジルの元に一人の警官が駆け寄ってくる。
 若い二十代前半ぐらいのいかにも新米感が漂う青年である。

「他の生徒の話によると、君が……犯人のポケモンを倒したって?」
「は、はい」

 凄く驚いた感じの表情を見せたのは警官の方であった。
 警官の話によると占拠された他の教室で"RR団"に立ち向かった者はほとんど居なかったようだ。
 一部の上級生と教員等が上手く撃退したようだが、それ以外の生徒の中にはポケモンを奪われたものもいるようだ。

「凄いね。お手柄だよ」
「あはは」

 シズクは合わせるように笑いながら思う。

(違うよ。最初に立ち向かったのは……ルリカさんだよ。私にはそんな勇気……)

 他の生徒から大体状況や犯人像は聞けていたのかシズク達に詳しく聞き迫る事は無く。
 警官は最後に軽くシズクに握手を求めて、すぐに上官であろう他の警官の元へと駆けて行った。

「ふぅ、これで一段落か? 長い一日になっちまったな」
「そうだね」

 今日、模擬戦を終えて話かけられて……仲良くなったジルだが
 一日の終わりには、すっかり打解け友達になっていた。

「さて、出ろ!ピカチュウッ」

 ボールをポンと投げてピカチュウを出す。ピカチュウは眠そうに伸びをしてジルの肩に上る。

「うわ~、何か久しぶりだね?ピカチュウ

 不思議とシズクにライバル心を抱いているように思われたピカチュウだが
 シズクが頭を撫でようとしたのを受け入れ嬉しそうに「ピカピッ」と鳴いて笑みを見せる。

「まぁ、ルリカは大丈夫だろう。今日はもう遅いし、帰るか」
「うん」

 時間は午後5時をまわっていた。
 学校内に捜査の為か多くの警官達が見受けられた。
 撃退する事で収まったが、他の生徒達の中には大切なポケモンを奪われたものも
 バトルを挑んで大ダメージを受けたポケモン達もいたようで、散々たる事件だった事は言うまでもない。


――― とある場所

「お前達の収穫は?」

 薄暗い部屋で顔は見えない。大人の男の声。
 その視線の先には立ち並ぶ数名の黒服の者達、そう胸元には"RR"の文字。

「手に入れた"物"は無い……が、一つ」
「何だ?」

 リーダー格なのか立ち並ぶ者達の前に偉そうに座っている男が問う。
 その問いに答える上司を見る目とは思えない不敵な瞳……ウル。
 強気な笑みを浮かべて、言葉を続ける。

「竜の……雫を見つけた」

 


― 第一章 完

 

 

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